海外生活に持ち込んではいけないもの

人は少なからずある物事に対して「先入観」というものを持っている。先入観とは自分の経験とは関係なく、自分を取り巻く環境に影響を受けて得た間違った情報や知識を元に、物事をあらかじめ「こういうものだろう」「当然○○だろう」ととらえる固定された見解や意識のことで、言い換えれば「思い込み」とも言える。先入観という言葉の後には「・・に囚われる」という言葉が続くように、これがあると物事を様々な角度から見たり考えたりすることを妨げられ、結果的に間違った選択をしてしまうこともある。

厄介なことに、この先入観は自分では分からない無意識のレベルで顔を出すことが多く、実際に「残念な結果」を見るまで、自分には先入観があったということに気付けない場合が多いものだ。そして海外で生活し始めると、否が応でもそういう状況に幾度も出くわすものである。

例えば、当時私が移動手段として利用していた公共交通機関について。普段から当時のNZの公共交通の不便さと質の悪さは痛感していたものの、ダウンタウン周辺ではなく、いきなり郊外でNZ生活をスタートさせた私には、どこへ行くにもバスと電車に頼るしかなかった。1時間に2本程度、しかも時間通りに来た試しがない郊外のバスや電車を、もはや「勘」に頼って捕まえながら移動しなければいけなくなっていた日々に辟易としていた。

信じられないかもしれないが、たまに昼間どこかへ出かけようとして、自宅近くのバス停でバスを30分以上待ち続け、ようやくやってきたと思ったら、挙句そのバスが私を無視して目の前を通り過ぎて行った・・・なんていう事もあった。更にそのことを次バスに乗った時に運転手さんに(一応クレームとして)話すと、

“そうか、まあそれは君が停留所に座っていたから小さすぎて見えなかったんだろう。走って行って大きく手を振らなかった君が悪かったかもな。ハハハ!!!”

という、全く笑えない返しを食らったこともある。

しかしながら考えてみれば、「お金を払って客として乗車する公共交通機関の乗り物はほぼ間違いなく停留所やホームにやってくる国」からやってきたばかりの私には、当然バスは時間通りにやってきて、黙っていても間違いなく自分の目の前で停車してくれるものだという先入観があった。もちろんNZの公共交通機関の質の悪さがそもそもの問題なのだと思う人もいるかもしれないが、そういう人は決して「ドライバーだって人間なんだから時間通りに到着するのが難しいこともあるさ。」とか、「そりゃ乗客がバス停に座っていたら乗らないと思われることだってあるだろうよ。」という風には捉えられないもので、そもそもそれがそういう人たちの自由な考えを妨げている先入観なのであり、まず海外へ持ち込んではいけないものなのである。

またバスといえば、初めて乗車した時に三つのことに大いに戸惑った・・いや、非常に焦ったことがある。

一つは「あるはずの下車通知用のボタンがない」ことだった。

学校初日、帰宅する時の話である。とりあえず無事にバスを捕まえることが出来てほっとしていたのもつかの間、暫くして自分の視野に入る限りの至る場所を探してもボタンがないことに気付いた。とはいえ、他の乗客たちはきちんと何らかの形で「Beep!」という通知音を発信させて、当たり前のように下車していく。バスに乗っているのに、バスの降り方が分からないなんて前代未聞である。そこで、私は恥をかく前にまず他の乗客の行動を視察することで、一体どこにボタンがあるのかを見つけ出そうとした。ところがバスはバス停に誰かが待っていれば勝手に停車し、それに合わせて乗客たちが降りていくので、なかなかボタンらしきものを押す人の姿が目に入らない。果たして他の乗客たちは一体どうやってこの「Beep!」という音を鳴らしているのだろうか!?随分長い間観察した末、ようやく少し前の座席に座っていた人が上に挙がった。

 

「Beep!」・・・・何か紐らしきものを引っ張った。

 

よく観ると、窓枠と平行になるような感じで「白くて細い紐」が張り巡らされている。降りたい人はこれを下に引っ張ってあの音を出していたのだ。

「こんなん分かるわけないやんっ!!」(心の声)

一瞬大声で突っ込みたくなったが、これもまた自分の「ボタン」に対する先入観のせいだったと分かる今となっては、ボタンを必死に探していた自分の姿を想像すると沸々と笑いが込み上げてくる。

そして二つ目は「一切車内アナウンスが流れない」ことである。

その上日本のバスにある電光掲示板的な、次の停車場所を表示しているわけでもないため、どこから乗ってどこで降りるのか、その風景や目印を覚えていないと大変なことになる。

行きは学校という大きな目印もあれば、たくさんの人が同時に同じ場所に降りるので心配はない。が、しかし、帰りはそのあまりにも特徴のない風景を自力で認識して、その場所が視界に入る前にドライバーに下車することを伝えなければいけないのだ。初めてバスで学校に行った日の帰り、そのあまりの特徴のなさに、一体自分がどこで降りればいいのかさっぱりわからなくなってしまい、せっかく「Beep!」という音の鳴らし方が分かったものの、その紐を実際にどのタイミングで引っ張ればいいのか全く分からないまま、ついに最終ターミナルまで行ってしまったのだ(笑)いや、笑い事ではなく、普段バスを利用していない人や、自分のように土地勘のない「一見客」には致命的な状況である。

もっと早い段階で素直に誰かに訊けばよかったものの「バスに乗ればアナウンスが流れて、どこで降りればいいかちゃんとわかるだろう」とか「降りる時はすぐ目につく場所に設置されているボタンを押して下車を知らせるに決まっている。」という思い込みが、自分の判断を鈍らせ、そして気持ちを多少意固地にもし、こんな恥ずかしい結末を迎えてしまった。

外はもう真っ暗で、途方に暮れそうになったが、幸いバスドライバーさんがとても親切な方で、事情を話し家の住所を伝えると、自分も同じ方向に帰宅するからということで、マイカーでホームステイ先まで送ってくれた。こうして何とか一命を取り留めたものの、この時の「先入観のせいでバスにも乗れなかった自分」にかなり凹んだこの経験は一生忘れない教訓となった。

因みにその後は、そんな先入観と共にNZへやってくる移民の増加に伴い、オークランドでは市政全体が腰を上げて公共交通機関のクオリティーと便宜性の向上に力を入れている。近年は電車を利用する人も増え、停車駅も増設されてきているし、地下鉄の開発も進めるらしい。バスの車体もモダンで新しくなり、コード(紐)以外にも下車を知らせるためのボタンもちゃんと目の前にあるし、バスの本数もぐんと増え、手を上げなくても無視されることはなくなった。電車やフェリーとの連結も充実している。昔はチケットとお金を一緒に料金箱に入れる方式だったが、今はチャージ式のカード1枚で全ての乗り物が乗れるようにもなった。というわけで、16年前に比べて現在は随分と便利になっているので、オークランドにお越しの際は安心して公共交通機関を大いに利用していただきたい・・・と、この町の名誉にかけて補足しておこう。

 

三つ目の戸惑ったことは何だったのか?

それは、お金を払うたびにドライバーが呟く「Ta….」という奇妙な言葉であった。その意味については素敵なスラング辞典を見つけたので、そこから引用させていただくとしよう。

 

ta

ta [‘tɑ:][タ]

[慣用句](イギリス、オーストラリア、ニュージーランド)
1.=thank you

有難う」などを意味する’Thank you‘のスラング。オーストラリア英語やニュージーランド英語特有の表現として紹介されていることが多いが、イギリス人も使う(というよりはイギリスより輸出されたスラングと捉えるべきだろう)。’tata‘と連続すると、「またね」や「じゃあね」を意味するようになる。


Ta, mate. It was good to know!(ありがと。知ってて良かったよ!)

関連語
cheers
(引用元:世界の方言・スラング大辞典)

 

 

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